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| Historically Repositioning Devaṇṇabhaṭṭa’s bhāṣādi- and dharmādivyavahāracatuṣpādatva in Medieval Sanskrit Jurisprudence=Devaṇṇabhaṭṭa が示す dharmādi-/bhāṣādivyavahāracatuṣpādatva を 中世法学史上に再定位する | ||
| 作者 | 谷口力光 (著)=Taniguchi, Chikamitsu (au.) |
|---|---|
| 出處題名 | インド哲学仏教学研究=インド テツガク ブッキョウガク ケンキュウ=Studies of Indian Philosophy and Buddhism, Tokyo University |
| 卷期 | v.30 |
| 出版日期 | 2022.03.31 |
| 頁次 | 27 - 42 |
| 出版者 | 東京大学インド哲学仏教学研究室=Dpt. Of Indian Philosophy and Buddhist Studies, Tokyo University |
| 出版者網址 | http://www.l.u-tokyo.ac.jp/intetsu/index.html |
| 出版地 | 東京, 日本 [Tokyo, Japan] |
| 資料類型 | 期刊論文=Journal Article |
| 使用語言 | 英文=English |
| 附註項 | Author Affiliations: Graduate Student, The University of Tokyo |
| 關鍵詞 | four feet of legal procedure; Smṛticandrikā; dharmanibandha; dharmaśāstra |
| 摘要 | 中世南インドに生きた法理論家 Devannabhatta (ca. 1150–1225)はどのような法廷での司法運用を知っていたのだろうか.これを素描することにより南アジア法制史研究のためのより良い基礎を築くことが本稿の目的である. ダルマ文献群の vyavahara 章内にある (sadharanasadharana)matrka などと呼ばれる節は様々な訴訟分析概念を知らせる.このような分析概念の内で訴訟の全体構造を我々に知らせるものが,dharmadivyavaharacatuspadatva と bhasadivyavaharacatuspadatva である.これらは,i) dharma など(意味内容は定まらない),もしくは ii) bhasa など(訴訟諸過程)の 4 支分から構成されるという vyavahara の性質を表現している.これらの概念の研究から法制史研究への示唆を得ようとする先行研究の戦略が本稿でも基底をなす. 古典的研究は複数資料の記述を一般化する形で訴訟構造を明かそうとしてきたが,この各資料の個別性・歴史性を捨象するあり方はその後の研究の批判の的となった.最近の重要な研究は Kautilıya-Arthaśastra がアテストする dharmadi[vyavahara]catuspadatva の原義が探っている.しかし,可能な解釈幅が広い古テキスト群を対象とした研究では個別テキストがいかなる司法制度を想定しているのかを示すことは困難である. むしろこの目的には dharmanibandha 類がより良い種本となるだろう.Devannabhattaの主著 Smrticandrika は明白な訴訟体系を示した現存最古の文献の一つであり,後代の nibandha にもその議論の大枠は継承されている.Devannabhatta の語りのみから彼の知る vyavaharacatuspadatva を寸描することで上記の難点を克服することを企図した. 本稿は序論・考証・議論・結論(各々 section 1–4 に対応)の 4 節で構成される.そのうち,考証パート(section 2)は,Smrticandrika から bhasadivyavaharacatuspadatva と dharmadivyavaharacatuspadatva に関する議論を抽出し,先行翻訳等の批判を交えながら原著者の意図を考証している.その過程で作成した図表は,Devannabhatta という中世に生きた一法理論家が例証する訴訟体系の理解をより容易にするだろう. 続く議論パート(section 3)では,特筆すべき 3 点に絞り,Devannabhatta が示す司法制度の歴史的位置を他資料との比較から議論している. Devannabhatta が想定する vyavahara では判決が必須要素であることは,先行一次資料などで判決と結びつかない vyavahara が想定されているらしいことと対照的である(section 3.1).また,dharmadyanusarenacatusprakara という 2 つの表現の解釈について,Devannabhatta と Madhavacarya (ca. 1330–1385)の間には重大な相違がある.古典的先行研究が与えてきた非歴史的な説明は,後者による解釈を時代的に先行する他の一次資料群へ投影するものであることが示唆される(section 3.2).最後に,Devannabhatta が示す 8 種の判決は何を分岐点とするのかを議論する.先行研究が与えていた洞察に富んだ dharmadivyavaharacatuspadatva の見方とは裏腹に,少なくとも Devannabhatta はこの見方を支持しないことが示される(section 3.3). |
| 目次 | 1 Introduction 27 2 Devannabhatta's Smyticandrika, vyavaharabhedah section 28 2.1 Constitution of the texts 28 2.2 bhasadivyavaharacatuspadatva (SmC,pp.27ff.) 28 2.3 dharmadivyavaharacatuspadatva (SmC, pp.20ff.) 32 3 Discussion 38 3.1 Indispensability of a verdict, nirnaya, in vyavahara 38 3.2 Interpretations of dharmadyanusarena and catusprakaka 39 3.3 Two watersheds of the verdicts, i.e., vyavaracatuspadatva for Devannabhatta 40 4 Concluding remarks 40 Abbreviations and Primary Sources 41 References 42 |
| ISSN | 09197907 (P) |
| DOI | https://doi.org/10.15083/0002005814 |
| 點閱次數 | 13 |
| 建檔日期 | 2025.05.07 |
| 更新日期 | 2025.05.07 |
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