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| 作者 |
落合誓子 (著)=Ochiai, Seiko (au.)
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| 出版日期 | 2017.12.11 |
| 頁次 | 270 |
| 出版者 | 解放出版社 |
| 出版者網址 |
https://www.kaihou-s.com/
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| 出版地 | 大阪, 日本 [Osaka, Japan] |
| 資料類型 | 書籍=Book |
| 使用語言 | 日文=Japanese |
| 附註項 | 参考文献あり |
| 關鍵詞 | 仏教; 仏典; 女性問題 |
| 摘要 | 真宗大谷派の坊守として女性の視点から仏教経典の差別を批判。差別の根がヒンドゥー教にあることを示し、浄土三部経と『マヌの法典』を参照しながら、「変成男子」「是栴陀羅」などを論じ、仏陀や親鸞へ返れと呼びかける。 |
| 目次 | はじめに 仏教の原罪 日本で仏教が出合った試練/日本人の考え方の根底にある「仏教」的な価値観
プロローグ スジャータを訪ねて スジャータはどんな娘だったのか/ブッダガヤの川向こう、セーナ村
一 釈迦の悟りとヒンドゥー社会 「ヒンドゥー」との出会い/「釈迦の悟り」はヒンドゥー社会への挑戦/仏陀釈尊の初めての説法/「そうだ、みんな死ぬのだ」
二 『マヌの法典』 アーリア人の宗教・ヒンドゥー教の聖典/女性に冷酷なヒンドゥーの掟/障がいをその人の罪業の結果と考える/ヒンドゥー教に傷つけられた仏教経典/釈迦はヒンドゥー教を超える原理を提示した
三 浄土三部経を読む 私の「如是我聞」/経典の仕組み
四 王舎城の悲劇 『観無量寿経』の世界/通常語られている「王舎城の悲劇」とは/『観経』「序分」には出てこない物語/親鸞はこの物語を捨てた/善導の『観経疏』「序分義」が出所/「愚かな女の物語」に仕立てられて/ビンバシャラはなぜ仙人を殺したのか/王舎城でほんとうは何が起こっていたのか/王妃イダイケの選択/王妃イダイケの回心/『法華経』はどうなったか/六師外道の時代
五 「是栴陀羅」が問いかけるもの 『観無量寿経』に登場する「是栴陀羅」/「是栴陀羅」は「あなたはセンダラになる」と解釈すべき/「毘陀論経説」はどこまで及ぶか/母を殺すと「センダラになる」/大臣は剣の柄に手をかけて迫っている/ガッコウはバラモンだったのではないか/なぜ父殺しは止められなかったのか/女は母としてしか尊重されない/被差別部落の人々を傷つけてきた「是栴陀羅」
六 大乗仏教の女性観 「変成男子」と女人性/『涅槃経』の女性観/女は女のままで救われていった
七 第三十五願を考える 法蔵菩薩の四十八の願い/阿弥陀如来とは真理のこと/悼む心/『仏説無量寿経』の内容/変成男子の願/梶原敬一による第三十五願の解釈/生きつづけている女への差別/第三十五願は女性解放の願/「女人性」は問題をあいまいにする/親鸞の女性観/『阿弥陀経』の世界/祇園精舎を寄進したスダッタ長者/「給孤独園」の現実/釈迦の方便としての浄土
八 反原発の砦のなかで 「ただ黙って法を聞け」?/国家の仕事は止められない日本/信心を問いかけることに失敗した/「自己とは何ぞや」/すべてを「気の持ちよう」で解決/自分が変わるだけでは解けない問題/東本願寺紛争はまだ終わらない/念仏者として社会の現実とかかわる/後を継ぐ私たちの課題
九 新しい教学への息吹 「謀叛―大逆事件一〇〇年」/国に追随した仏教教団/明治の知性に後れをとる精神主義/清沢満之の信仰/「精神主義教学」の限界/この世は信心ひとつで乗り切れるのか/清沢満之を越えていくこと
エピローグ
補論 「王舎城の悲劇」は、なぜ起きたのか?●伊勢谷 功 真俗二諦について●比後 孝
あとがき |
| ISBN | 9784759253122; 4759253122 |
| 點閱次數 | 38 |
| 建檔日期 | 2023.10.19 |
| 更新日期 | 2024.01.10 |


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