語形論とスポータ理論 : 認識論における普遍観について=Generic Concept and Class-term in the Epistemic Analysis of the Word
作者
斉藤茜 =Saito, Akane
出處題名
印度學佛教學研究 =Journal of Indian and Buddhist Studies=Indogaku Bukkyōgaku Kenkyū
卷期 v.64 n.3 (總號=n.139)
出版日期 2016.03
頁次 1088 - 1092
出版者 日本印度学仏教学会
出版者網址
http://www.jaibs.jp/
出版地 東京, 日本 [Tokyo, Japan]
資料類型 期刊論文=Journal Article
使用語言 英文=English
關鍵詞 sphoṭa; Sphoṭasiddhi; Maṇḍanamiśra; vyākaraṇa; Bhartṛhari; Vākyapadīya; jāti
摘要 Bhartrhari (5c.)によって語られるスポータ(sphota)理論は,15世紀以降の文法家たちの視点とは異なり,言語論における認識論と位置付けることができる.スポータの大きな特徴は,知覚や認識と不可離の関係にあること,そして語として認識される以上「意味」が必ず後続するという二点であるが,しかしそれを除けば,概念自体はBhartrhariのVakyapadiya中,様々な他の用語と重なるものである.そしてそれらに共通して,ある存在が持つ,ぶれない「それ自体」(svarupa)が,「普遍」(samanya)・「特殊」(visesa)という言葉でもって繰り返し説明される.Bhartrhariの思想を継いだMandanamisra (7-8c.)は,ミーマーンサー学派や仏教論理学の言語論を批判するが,その際にひとつのキーワードとなるのが普遍である.Kumarila, Dharmakirti双方の言語理論に対して,Mandanaは,普遍に対する考え方が欠陥となっていると非難する.そもそも,存在論的見地から理論上分割できたとしても,普遍と特殊の両概念を認識論でも分割するのは不可能である.ある種Xに属する個xを知覚したときに,xをxと判断するためのx単体が持つ本質(x-tva)は,種Xにおける共通性(X-tva)と同じではない.具体的には,語性(sabdatva)と「牛という語」性(gosabdatva)は別概念である.「牛という語」性は,即ち誰が聞いても「牛」と判断される「牛という語形」であり,書かれた文字としての語形ではない,概念上の語形とも言うべきものである.このように個々の語それ自体についての考察の要となるのが,語知覚論たるスポータ理論である.本稿では,Bhartrhariの語形論及びMandanaの類概念に関する議論を参照しながら,認識論における普遍観について考察する.
目次 1. Introduction 1088 2. Bhaṛtrhari's Idea of the Generic Concept of the Word 1089 3. Maṇḍana's Idea of the Word as the Class-term 1089 4. Maṇḍana's Idea of the Collection or Totality 1090 5. Conclusion 1091
ISSN 00194344 (P); 18840051 (E)
點閱次數 205
建檔日期 2016.12.16
更新日期 2019.06.06
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