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| Jain Authorship in Tamil Literature : A Reassessment=タミル文学におけるジャイナ教徒の作者について : 再評価 | ||
| 作者 | Takahashi, Takanobu (著)=高橋孝信 (au.) |
|---|---|
| 出處題名 | インド哲学仏教学研究=インド テツガク ブッキョウガク ケンキュウ=Studies of Indian Philosophy and Buddhism, Tokyo University |
| 卷期 | v.18 |
| 出版日期 | 2011.03 |
| 頁次 | 1 - 12 |
| 出版者 | 東京大学インド哲学仏教学研究室=Dpt. Of Indian Philosophy and Buddhist Studies, Tokyo University |
| 出版者網址 | http://www.l.u-tokyo.ac.jp/intetsu/index.html |
| 出版地 | 東京, 日本 [Tokyo, Japan] |
| 資料類型 | 期刊論文=Journal Article |
| 使用語言 | 英文=English |
| 摘要 | 2千年におよぶタミル文学史のなかで、かなり多くの重要な作品がジャイナ教徒の手になるとされている。ところが、それらの作品をよく調べてみると、それらの作者がジャイナ教徒である決定的な手がかりはえられない。それどころか、バラモン教やヒンドゥー教、あるいは仏教の要素もしばしばみられる。// そこで本稿では、まず、これまでジャイナ教徒の作品とされてきた作品をいくつか取り上げ、ジャイナ教をはじめとした諸宗教の思想や世界観がどのように描かれているかみてみる(第2節)。ついで、仏教徒あるいはヒンドゥー教徒の作品の特徴を検討し(第3節)、それらとジャイナ教徒作とされる作品を比較する(第4節)。// ジャイナ教徒の作品と言われる、タミル文化の華『ティルックラル』(5世紀ごろ) では、「不殺生」が強調されるが、その一方で、ジャイナ教では認めていない「創造神」が出たり、ジャイナ教徒が忌避する「農業」を賛美したりしている。また叙事詩『シラッパディハーラム(踝飾り物語)』(5世紀ごろ) では、主人公の一人は仏教を信奉する家の出であるし、仏教は言うまでもなく、バラモン教やヒンドゥー教の世界観や神々、それにサンスクリットの二大叙事詩にしばしば言及しており、それら他の宗教と比べてジャイナ教色が特に出ているわけではない。(第2節)// これらの作品と比べると、仏教やヒンドゥー教の作品では、それぞれの宗教色が強く打ち出されている。仏教叙事詩『マニメーハライ(宝石の帯)』(6–8世紀ごろ) は、仏教色一色であり、他宗教に言及するのは、仏教に比べていかに劣るかを述べるときだけで、そのやり方は卑しくさえ見える。また、7世紀にヒンドゥー文献としては最初に姿を現すバクティ文献も同様である。バクティ運動は、それまで栄えていたジャイナ教と仏教に対するヒンドゥー教側からの復興運動であるから、ジャイナ教徒や仏教徒を敵対視し、非難するのは致し方ないとしても、そこには品性のかけらもない。(第3節)// このような、自派のプロパガンダを目的とする仏教やヒンドゥー教の作品と比べると、ジャイナ教の作品は、自派の宗教色を全く出さず、プロパガンダとも無縁で、ジャイナ教に関係する主題を取り入れることもない。したがって、一言で言うと「なんらかの宗教に偏っていない作品が、ジャイナ教徒の作品」と言うことができる。(第4節)// 従来の研究では、ある作品に見られるジャイナ教的な要素(たとえば「不殺生」)を取り上げ、その作品がジャイナ教徒のものであると論じる。しかし、上述したように、ジャイナ教徒の作品の特徴とは、肯定的な要素と同時に否定的な要素を持っていることである。このように考えると、タミル最古の文法書『トルハーッピヤム』(後1–5世紀) は、バラモン・ヒンドゥー教の、法・財・愛の論書の影響をかなり受けているものの、生き物の6分類法は間違いなくジャイナ教のものであり、そのことから、これがジャイナ教徒の手になることは明らかになる。(第5節)// (本稿は、2009年9月に京都で開催された、第14回国際サンスクリット学会で読んだものである。) |
| ISSN | 09197907 (P) |
| DOI | 10.15083/00036985 |
| 點閱次數 | 278 |
| 建檔日期 | 2014.11.25 |
| 更新日期 | 2021.08.31 |
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