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| 死んだらおしまい、ではなかった -- 2000人を葬送したお坊さんの不思議でためになる話 | ||
| 作者 | 大島祥明=Oshima, Shomei |
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| 出版日期 | 2009.09.01 |
| 頁次 | 135 |
| 出版者 | PHP研究所=PHP Institute |
| 出版者網址 | http://http://www.php.co.jp/ |
| 出版地 | 京都, 日本 [Kyoto, Japan] |
| 資料類型 | 書籍=Book |
| 使用語言 | 日文=Japanese |
| 附註項 | 大島祥明(オオシマショウメイ):昭和19(1944)年、大阪市中央區大念寺に生まれる。東平小學校、上町中學校、高津高等學校卒業。佛教大學卒業、同大學大學院修了、文學修士。慶應義塾大學大學院東洋史聴講。大念寺副住職、浄土宗囑託勤務、四天王寺學園非常勤講師などを歴任。現・浄土宗僧侶、大念寺(千葉県)住職、僧正 |
| 摘要 | 「成仏するんでしょうか?」その一言が、心に深く突き刺さりました。──まえがきより 遺族から受けたその質問に、確信を持って答えられず、言葉を濁してしまったことを激しく悔やんだ著者は、それから10年以上かけて故人の霊魂を感じ取るべく訓練に励む。その間執り行った葬儀の数は、実に二千四十六件にのぼる。本書では、遺族に「よくそこまでわかりましたね」と言われるほどに故人のことがわかるようになった著者が、怒った人・呆然とする故人・すっきりとした故人など、様々な「故人」との出会いを明かし、そこからわかった「死んだらどうなるのか」、「本当の供養とは何か」「今をどのように生きれればいいのか」を教えてくれる。 |
| 目次 | 第1章 霊はたしかに実在する(二千件を越す葬儀によって、死者の霊を実感する霊が“わかる”とはどういうことか ほか) 第2章 霊を実感したさまざまな葬儀の体験(二千件の葬儀を行ってきたのは、霊の探求のため「成仏しますか?」という問いに答えられなかった ほか) 第3章 なんのために葬儀と法要を行うのか(死んだ直後、ほとんどの人は自分が死んだことがわかっていない葬儀の本質は、「本人」に死んだことを悟らせることにある ほか) 第4章 大切な日々の心、日常の生き方(死んでも変わらないからこそ、いまを大切に生きる相手を害しない生き方をする ほか) 第5章 葬儀における霊的体験こぼれ話(成仏とは、人でなくなること平均寿命は八十歳ってほんとうだろうか ほか) |
| ISBN | 9784569773377 (平) |
| 點閱次數 | 370 |
| 建檔日期 | 2010.06.15 |
| 更新日期 | 2010.07.07 |
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