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| 作者 |
真宗教団連合
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| 出版日期 | 2007.07 |
| 頁次 | 13 |
| 出版者 | 真宗教団連合=Shinshu Kyodan Rengo |
| 出版者網址 |
http://www.shin.gr.jp
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| 出版地 | 京都, 日本 [Kyoto, Japan] |
| 資料類型 | 其他=Others |
| 使用語言 | 日文=Japanese |
| 摘要 | 今年の法語カレンダーは、全体的なテーマとして、親鸞聖人のご苦労の足跡を辿り、あらためて聖人のみ教えに想いを寄せてみたいとの趣旨で作製されました。九十年のご生涯は、一応は、叡山期、吉水期、越後期、東国期、帰洛期の五期に分けることができるでしょう。そのご生涯を簡単に振り返ってみましょう。 (1)叡山期【九歳~二十九歳】 親鸞聖人は、九歳の時に慈円僧正のもとで得度されました。戦乱の世、人々の安心とこの世の平和を求めてのご出家でした。やがて比叡山に登り、天台宗の本山・延暦寺で、自らの問題を解決するために修行と学問の毎日を送りますが、名利と争乱に明け暮れる山上で、真実の教えに出あうことはできず、苦悩は深まるばかりでした。 (2)吉水期【二十九歳~三十五歳】 失意の聖人は、山を離れ、苦悩の解決を求めて六角堂に参籠(さんろう)します。やがて救世菩薩の夢の告げを受け、智者・愚者のへだてなく念仏の教えを説いておられた法然上人を訪ね、念仏に帰依します。しかし上人の教えは、権力者と組んだ諸大寺院の反感を買い、師弟ともども流罪に処されます。 (3)越後期【三十五歳~四十二歳】 遠流の刑を宣告された親鸞聖人は、都から遠く離れた越後に送られます。豪雪地帯での生活は、筆舌に尽くしがたい苦難に満ちたものでしたが、聖人は、法然上人の教えを振り返り、伴侶となられた恵信尼さまとともに、この地で念仏一筋の日々を過ごし、浄土こそ、私たちの依るべき安らかな世界であると確信します。 (4)東国期【四十二歳~六十二歳】 この試練で得た確信を人々にも伝えたいー。その願いのもと親鸞聖人は、関東へと旅立ちます。新天地での伝道には、在地の因習的な信仰との数々の軋轢(あつれき)がありましたが、そんななか親鸞聖人は、法然上人の念仏の教えを、思想的に裏づけるため、稲田(いなだ)の草庵で、主著『教行信証』の執筆に着手します。 (5)帰洛期【六十二歳~九十歳】 『教行信証』を完成させることを主目的に、親鸞聖人は、念仏の同朋と別れ、生まれ故郷の京都へと帰ります。聖人不在の東国では、善鸞大徳の異義などにより、念仏者の信心が動揺しましたが、聖人は、お手紙などで懇切に教化されました。なかには直接聖人の教えを聞きたい一心で上洛する人たちもいました。弘長二年(旧暦/一二六二年十一月二十八日・新暦/一二六三年一月十六日)、親鸞聖人は、人類の精神史にかけがえのない教えを遺し、静かに入滅されます。 厳しくも豊かな親鸞聖人のご一生は、「流浪の生涯に常楽の郷里を幕ひ、孤独の淋しさに万人の悩みを思ふ」(金子大栄「宗祖を憶ふ」)と偲ぶことができるでしょう。 |
| 點閱次數 | 215 |
| 建檔日期 | 2007.11.02 |
| 更新日期 | 2011.07.18 |


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