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| 認識根拠としての能取形相 : ディグナーガとダルマキールティの相違点=grahakakara as pramana : The Difference between Dignaga and Dharmakirti | ||
| 著者 | 三代舞 |
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| 掲載誌 | 印度學佛教學研究 =Journal of Indian and Buddhist Studies=Indogaku Bukkyōgaku Kenkyū |
| 巻号 | v.59 n.3 (總號=n.124) |
| 出版年月日 | 2011.03 |
| ページ | 1251 - 1255 |
| 出版者 | 日本印度学仏教学会 |
| 出版サイト | http://www.jaibs.jp/ |
| 出版地 | 東京, 日本 [Tokyo, Japan] |
| 資料の種類 | 期刊論文=Journal Article |
| 言語 | 英文=English; 日文=Japanese |
| キーワード | Dignaga; Dharmakirti; grahakakara; pramana; svasamvedana |
| 抄録 | 本稿は,仏教論理学派の論師であるディグナーガ(Dignaga)とダルマキールティ(Dharmakirti)の両者が唯識的立場から主張する,認識根拠(pramana)としての能取形相(grahakakara)に関する考察である.両者の間には,能取形相の理解に相違があり,その違いは,認識結果(pramanaphala)である自己認識(svasamvedana)をどのようなものとして捉えるかということと関わっている.まず,ディグナーガは,識が自己顕現(svabhasa)と対象顕現(visayabhasa)という二つの顕現をもって生じること(=識の二相性)に基づいて自己認識を説明し,その一方である自己顕現すなわち能取形相を認識根拠と見なす.一方ダルマキールティは,そのような識の二相性を前提とするのではなく,「自ら顕照する」という新しい形で自己認識を規定している.日常的な知覚に即した形で説明する場合には,ディグナーガと類似する対象形相と対比的に扱われるような能取形相の理解が示されるが,「自ら顕照する」という認識の本性に即した形で説明する場合には,能取形相は識別を本性とすること(paricchedatmata),さらに,自己認識の能力をもつこと(svatmasamvidi yogya[ta]]と言い換えられ,対象形相との対比的関係が解消される. |
| ISSN | 00194344 (P); 18840051 (E) |
| ヒット数 | 348 |
| 作成日 | 2015.08.20 |
| 更新日期 | 2019.05.08 |
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